雨の北アルプス・燕岳、コマクサを愛でる
- 2022.06.28
- 登山紀行

山の天気予報では雨。しかも稜線では強い風が吹くとの最悪の予報だ。燕岳の稜線に出たときの大パノラマを楽しみにしていただけに、決行するか非常に悩んだ。中央道を走りながらも、このまま穂高温泉で湯に浸かり旨い蕎麦をいただいて帰ろうかと考えていた。
午前7時半。中房温泉登山口に着いた。音をたてて雨が降っている。レインウェアを着ても歩き出す決心がつかない。第一駐車場には車中泊をしていた登山者の車がびっしりと停まっている。何人かの登山者が車を降り、雨の中へ。その姿を見て、ようやく決心がついた。

燕山荘までの合戦尾根。雨天の急登はつらかった!
北アルプス三大急登と言われる合戦尾根は、最初からいきなり厳しい登りだ。雨は容赦なくレインウェアを打ちつけ、完全に攻撃態勢だ。足元の岩や剥き出しになった木の根っこは濡れて滑りやすく、よほど意識を集中して歩かないとツルンっといってしまう。
最初の休憩地、第一ベンチまでやってきた。もうすでに体力をかなり使った感じがする。レインウェアの表面には水玉ができ、腕を振ると弾き飛んだ。まだ撥水性は保たれている。
第二、第三ベンチを過ぎ、富士見ベンチまで辿り着くと、湿気なのか雨水なのか、身体中が濡れた感じだ。暑いのか寒いのかよくわからない感覚で、不快指数が極限に達している。
雨が弱まって空が明るくなってきた。このまま雨が止み、青空が出てきたらどんなに素敵だろうと想像するも、そんな奇跡も起きず、また雨足が強くなってきた。
合戦小屋まで来ると、あと少しと思うも、ここからはさらに急登になるらしい。名物のスイカを食べないわけにはいかない。少し寒いが、いただくことにする。甘い。旨い。これは食べて正解だった。



あと一息頑張ろう。レインウェアの表面は、色が濃く変色して水玉がいない。雨がウェアの中に浸透しているのだ。たぶんシャツもびしょびしょに違いない。段差の大きな岩や木段をヨイショっと乗り越え、木の根をできるだけ踏まないよう取捨選択しながら登る。頭を使いながら進まないとならない雨の山行だ。
遠くの上の方に燕山荘が見えた。あそこが稜線だ。テンションを上げてもうひと頑張り。山荘直下の急階段を踏みしめながら登ると、臙脂と白の美しい燕山荘に到着した。



最高のおもてなし。燕山荘での心地よいひととき
マスクを着用し、アルコールで手指を消毒してエントランスを入ると、若いスタッフに迎えられた。旅館のもてなしのような温かな言葉に、不快感に包まれていた身も心も和む。濡れたレインウェアを脱ぎ受付を済ませると部屋を案内してくれ、食事や館内の施設について説明してくれた。山小屋とは思えないホスピタリティに心が弾んでくる。
部屋は隣人と木の壁で仕切られ、廊下側のカーテンを閉めれば個室のようだ。安心して眠れそうだ。荷物を整理して館内を探検することに。晴天ならアルプスの山々が一望できるサンルームでスイスワインをいただく。疲れがじわーっと逃げていく。人気の山小屋だというのが理解できる。

どこの場所も丁寧に掃除されていて気持ちがいい。スタッフは愛想がよく、気軽に何でも教えてくれる。マスクの内側は皆さん満面の笑みを浮かべて私たちをもてなしているのだろう。
今夜の夕食はチーズインハンバーグと焼き魚をメインにサラダや野菜の煮物、味噌汁など盛りだくさん。温かくて美味しい料理にご飯をおかわりして満腹になった。なんと幸せなひとときだ。広い食堂のテーブルにはアクリル製のシールドが置かれ、食堂に入る際にはアルコール消毒とマスクを着用するなど、コロナ対策も徹底している。

さて、食事が終わるころ、燕山荘グループ赤沼社長による“山のお話”が始まった。印象に残ったお話を二つほど。
いま季節を迎えているコマクサの群生。素敵な写真を撮りたいと、ロープが張られた登山道を外れて踏み込んではダメだと。なぜか?足跡が付くと、雨が降った時に水の流れが変わり、自然の生態系が崩れることでコマクサが生育しない可能性が生じる。枯れてしまうと、コマクサの種を植えてから花が咲くまで七年もかかるそうだ。
もうひとつ。
岩にへばり付くように生える一本の木。そのすぐ横には、地面から生える同じ種類の木。どう見ても岩の木は小さく低い。環境が違うと育ち方も違う。これを見て何を学ぶか。与えられたそれぞれの環境の中で必死に生きている姿がある。小さな木は岩が邪魔して大きくなれないが、精いっぱい育っている。それでいいのだ。他者と比較をしてはいけないと。
大型モニターに映し出される燕岳周辺の美しい写真を見ながら、楽しく、そして人生にも通じる赤沼社長の哲学的なお話に感動した。
8時半消灯。今夜はぐっすり眠れそうだ。明日の天気が気がかりだが、とりあえず考えずに寝よう。おやすみなさい。
燕岳までは優しい丸っこい岩のメルヘンの道
4時半起床。部屋の窓の外は真っ白。雨音がしっかり聞こえてくる。荷物を整理し、朝食を食べに食堂へ。屋根を打ちつけるひときわ大きな雨音に、食堂の皆さんのどよめきが聞こえる。自然には逆らえない。
目の前のご飯をいただこう。朝食のメニューは焼き鮭とウインナーソーセージをメインに、漬物やサラダ、味噌汁など。朝からしっかりおかわりして満腹になった。さて、どうしようか。他の皆さんはどうするのだろう。このまま下山するのか。
7時になり、乾燥室ですっかり生き返ったレインウェアを着てザックを背負い、エントランスへ。なんと燕岳が見えているではないか。ときおり霧が晴れ、景色が顔を出す。スタッフの方に尋ねると、稜線は風が強いが山頂まで向かった登山者もいるとのこと。
よし、今だ。ザックを預けて手ぶらで山頂まで向かった。雨は弱いが、確かに風が強く、レインウェアを雨粒が叩きつける。この強風によって花崗岩が削られ、丸みを帯びた独特の岩体になるのだろう。登山道はまるで砂浜のようだ。ときおりハイマツの間をくぐり抜けると風を避けられる。

西側から吹き上がる突風に背を向けながら体を斜めにして前に進むと、名物のイルカ岩が出現した。山岳雑誌でよく見るその姿に感動。そして斜面にはピンク色の小さなコマクサの群生がこちらを見ているかのように礼儀正しく並んでいた。またしても感動。出会えて本当によかった。




ここは本当に地球か。山というより、未知の星にいるといった感覚になる。ひとつとして同じ姿のない、さまざまな形の岩をくぐり、登り、山頂に辿り着いた。
強風に煽られながらも、他の登山者たちと登頂の喜びを分かち合った。山には感動があるから他人とすぐに仲良くなれる、という赤沼社長の昨晩の話を思い出した。





小屋に戻る途中、西側の山々が霧の中から少しの間だけ顔を見せた。ああ、ここまで来てよかった。晴天ではないものの、こんな素晴らしい光景が見られたことに感謝する。いま自分が置かれた状況を精いっぱい楽しみ、慈しむことができた気がする。
8時下山開始。下山はとくに慎重にゆっくり歩かないと危ない。とくに今日は雨で滑る。勾配のある下山で滑ったら大怪我の確率が高くなると赤沼社長も言っていた。登りと同じ時間をかけて下りるのがよいと。
さあ、中房温泉まで戻れば、温泉が待っている。ビールと温泉を楽しみに、コツコツと下りることにする。
■2020年7月25日~26日 雨 |
中房温泉(燕岳登山口) ➡(90分) 第二ベンチ ➡(2時間30分) 合戦小屋 ➡(90分) 燕山荘 ➡(30分) 燕岳 |
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